登坂車線
「うつからの脱却」、「再発の予防」、「社会とのつきあい方」をテーマに思いをめぐらす日々の記録。週3回更新。
06 | 2017/07 | 08
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治っても直らないこと
現在の職場で偶然、前の職場の上司に出くわしたことがある。

その上司は、僕のキャリア形成に大きくかかわっていただいた方だった。
声をかけられたのをきっかけに、僕は会社を辞め、上司の下で仕事を始めた。

仕事を始めてからわかったのだが、僕はその仕事が全くできなかった。
最初から向いていなかったのだと思う。
「これは大変な選択をしてしまった」と後悔ばかりしていた。

それでも、「信頼している人が声をかけてくれたのだから、何とかやれるかもしれない」と思って、仕事を続けていた。

半年たっても、依然として何の成果も出ない。
それが当たり前の世界だとしても、僕は焦った。
加えて、上司以外の同僚とは全く話が合わないし、仕事ができないことを非難していることが、彼らの蔭口からわかった。
一緒に働いている人間は極めて自分本位だったし(そういう振る舞いが許される業界だった)、別の人は卑屈で口が悪かった。
上司は忙しくて、話す機会を持つのも難しかった。

僕は、誰も味方とも思えず、自分の考えを誰にも理解されず、そして結果を出すには圧倒的に能力が足りず、能力の開発をする時間を取ることも許されず…。
八方ふさがりだと思い込み、心と体の調子が悪くなり、何もできなくなった。
結果として、誰とも口がきけなくなり、職場から足が遠のき、ついには起き上がれなくなった。

そんな時に、上司から電話があった。
僕がその電話に出られないでいると、上司の奥さんが自宅の固定電話にかけてきた。
電話を受けたのは僕の妻で、妻が話すには、上司は今外国にいて、外国から僕に電話をしても出ないから、奥さんが自宅にかけてくれたのだという。
とても心配している、と言っていた。

そこまでしてもらってようやく、僕は上司と直接話す約束をとりつけた。
喫茶店で、自分の苦しい思いを伝え、上司は聞いてくれた。
そして、今後のことを決めたはずだが、その内容を僕は何も覚えていない。
テーブルの上に置かれたストローの袋が曲がっていて、それが気になって仕方がなかったことを覚えている。

結局、僕は2度と職場に行かなかった。
上司にもう1度呼び出され、病院に行くことと休職することをを勧められた。
僕はかろうじてお礼を言い、ご迷惑をかけたことを謝り、上司のお膳立てにそって通院を始めた。
診断書を提出し、休職し、しばらくしてから退職した。

退職してから、数年間会っていなかった。
いずれは謝罪したいと思っていたものの、機会もなく、会いたくもなく、といった状況で、現在の職場で偶然出くわしたのだ。

トイレを出ようとしたとき、相手がトイレに入ってきた。
顔を見て瞬間的に気づいたのだが、何もせずにすれ違った。

「このまま何も言わないでおこうか」
トイレを出てから一瞬そう考えたが、会ってちゃんと謝るべきだという思いもすかさず持ち上がった。

苦しい逡巡を重ね、結局僕はトイレの前で上司が出てくるのを待つことに決めた。
現状をお伝えするだけで、悪い結果にはならないだろう、と思ったからだ。
もし、過去をとがめられるのであれば、それは当然である。
何も償えないけれど、話を聞くことくらいはできる。

トイレから出てきた上司に、改めて名前を呼び掛けた。
「どなたですか」と問われたので自分の名前をお伝えすると、相手は驚いていた。
思い出していただいたことにはほっとしたが、過去のことも思い出していることに心を痛めた。

上司は、自分がなぜここにいるのかを話し、僕の現在の仕事の様子を尋ねた。
過去のことは何も言わなかった。
僕は、今の仕事をありていに話し、ここで仕事をいただけるようになるまでにかなりの時間を費やしたことを伝えた。
そして、過去のご迷惑をわびた。

上司からは、「また是非今の仕事を話しに来て下さい」とおっしゃっていただいた。
私は「機会があればぜひ」と返したが、そんなことをするわけにはいかない、という気持ちがいっぱいだった。

上司と別れた後、「これでけりがついた」という気持ちには、やはりならなかった。
時間はずっと続いていて、間違いなくこれからも続いていく。
なので、僕は瞬間瞬間を大切に生き、過去に対して誠実な答えを1つずつ出していきたい。
上司にご挨拶したのも、すごく時間がかかったが、自分にできるせいいっぱいことを果たせた。

過去の失敗を繰り返さないために、自分のことを正確に理解し、自分の在り方を考え、できることを具体的に1つ1つ実行する。
ご迷惑をかけたことそのものを償うことは決してできない。
しかしながら、今後同じ失敗を繰り返さないように気を付けることはできる。
それでも失敗する可能性はあるが、転んだときのけがを小さくすることも場合によってはできる。
失敗する可能性が高ければ、別のやり方を考えればよい。
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毎日、崖のぼり
数年前、再就職したころ、僕は通勤時にできるだけエスカレーターを使わないようにしていた。
息を切らせながら階段を駆け上っていた。

体力をつけるためだった。
しかし、今思うとそんなことをする必要は全くなかった。

うつによって再就職先を辞め、改めてうつに対処し、数年をかけて新たな職を得た。
その時は、同じ間違いをしなかった。
通勤時、僕はできるだけ楽な経路を通ることをした。
積極的にエスカレーターを使う。
できるだけ近道を選ぶ。
寄り道をしない。
焦って走ったりしなくていいように、時間に余裕を持つことにした。
余裕があれば、たとえば電車から降りた時に人が改札口に殺到していても、人混みがはけるのを待つことができる。
身体がゆがむほどに圧迫される急行に乗らず、各駅停車で楽に通うこともできる。
時間の余裕を作るために、早く帰って、早く眠った。

そしてこの半年ほど、エスカレーターではなく階段を使うことにチャレンジしている。

きっかけは、TVで見た呉の階段だった。
200段以上ある階段を、住民が毎日上り下りしているとのことだった。

ためしに、通勤時に使っている乗り換え駅の階段を上ってみることにした。
初日は1階分、これでも息が切れた。
2、3日同じことを繰り返し、少し自信がついたら、もう1階分上る。
繰り返し、繰り返し。

今は平日の毎日、地下のプラットフォームから、高架のプラットフォームまで階段で上っている。
段数を数えてみると、およそ250段あった。
時々、上った後に息切れはするものの、疲れはない。
疲れるようだったら、すぐにやめればいい。
やめても、誰にも迷惑が掛からない。

毎日250段の階段を上っている、と人に伝えると、驚く人が多い。
すごいですね、どうやってやるんですか、と。
でも、僕はそのタネを知っているので、驚かない。
最後の結果だけ見れば確かに驚くが、結果を得るには地道に進むのが確実だ。

地道に進むには、無理をしてはならない。
何かをしたいのなら、はやる気持ちを自制して、少しずつ試していく。
その自制がとても難しいのだが、自制が機能すれば、継続は思いの外楽になる。
そして、継続が、結果を運び込む。

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2016年の冬至は過ぎた
2016年の冬至はすでに過ぎた。
北半球では、これから夏至に向けて、日中の時間が長くなる。

現在、2016年に「したこと」をリストアップする作業を進めている。
リストには、仕事、家庭での出来事は当然として、日常の習慣、新たに試したこと、出かけた場所、取得した資格、買ったもの、そして捨てたもの、断ち切った悪習などを挙げている。

2016年も数多くのことを実行した。
覚えていない事も多かったが、日々の記録はうそをつかない。
それらの記憶、記録はすべて、今後の資源となる。
どんな些細なことでも、いつかは役立つものして整備しておこう。
経験は、場所を取らない貴重な財産である。
そして、そこから利益を生むかどうかは、本人の心がけに大きくかかわってくる。

「したこと」に注目すればいいことに気づいてから、気持ちがとても楽になった。
そのことに気づく前までは、「できなかったこと」に気を取られ、それを次の目標に定めていた。
そして、またできなくて、苦しい思いをしていた。
「したこと」を数え上げれば、多くのことができていることがわかる。
それと同時に、これだけのことだけができていて、他のことはできないことなのだ、という見切りもつけられる。
今後行うことは、「したこと」のうちどれを続けていくかを決め、そして「したこと」を次に生かせるような機会を待つことである。

「できていること」を持続していけば、いずれどこかにたどり着く。
これは2010年以降続けていることであり、この営みにより実績を上げてきた。
周囲の人は、僕の行動を見てもしかしたら苛立ちを感じているかもしれない。
僕も、時々自分の実力の限界に落ち込むことがある。
それはそれとして、僕ができていることは限られている。
できないことをあきらめ、できることをより洗練させて続ける。
地道だが、確実な歩みにつながる作業だ。

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黒髪の代償
それほど年も変わらない。
それどころか、少し年下の方であったりもする。
髪を見ると、白髪がちらほら見つかる。

そんな人が、周囲に何人かいる。
中には、初めて会った数年前とは風貌が全く変わり、髪が真っ白になった人もいる。

僕の髪には、白髪がほとんどない。
あっても、1、2本というところで、目立つほどではない。

僕はそれほど苦労していないからな、と思う。

面倒なことには、首を突っ込まない。
不必要なことを積極的に遮断している。
勝手に抱かれる思いには一切応じず、自分がどう生き残るかを優先して考えている。

付き合いが損なわれるのは、もちろん怖い。
この社会で僕は生き抜こうと考えており、社会に居場所を失うことが怖い。

だからこそ、僕が相手に返せるものは、無理をすることではなく、実力に基づく成果を出すことである、と弁えている。
できることを継続し、機嫌を取るようなことをしない。
気持ちを含めたすべてをオープンにすることを、恐れず妥協せず行っている。

そういう方法が、僕には合っている。

周囲の人はそんなことをしていないのだろう。
理不尽に我慢して付き合い、不本意なことでも表情を崩さずに実行しているのだろう。
それが、正しい道だと考えて。

一方の僕は、意識的に、周囲に「頼りない」と思われるようにしている。
できないことをしないし、したくないこともしない。
そうすれば、誰からも期待されない。
正直になれば、僕に頼ろうという人はいなくなる。
頼りないのが僕の正しい姿であり、それが正しく相手に伝わっている。

それでも、自分に頼まれる仕事というものがある。
その仕事を大切に遂行している。

このように考えるのは、うつになったからだ。

人に積極的に言うことはないが、うつを再発させないよう気を付けている。
そして、人の輪から少し離れ、迷惑にならないように潜み、自分が貢献できることを粛々と継続している。

これこそ、自分がしたかったことだ、と今は思う。
もちろん、後に気持ちが変化するかもしれないが、今はそう思う。

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始めにニーズあり、スキルはひそかに磨かれる
現在の職場に来て、すでに何年か経過した。
おかげさまで、何とか職場にとどまることができ、仕事をしている。

職場では配置転換が多く、着任当初から一緒に働いている人は、ほんの少しだ。
僕の着任後にきて、すでに離任した人もいる。
立場上長くいることが許されているため、業務知識が僕の中にも蓄積されており、お客様から仕事の相談を受けたり、業務内容の設計を一緒に考えたりしている。

すでに持っていた技術、図らずも有していた業界知識、着任してから学んだこと。
それらが有機的に機能して、今の仕事を続けることができている。
コミュニケーション能力は相変わらずひどいものだが、長い時間とどまり続けたことで、ノリの悪い自分の性格を相手に理解してもらい、周囲からそれなりに接していただいている。

自分の作ったものが、新しい仕事につながったこともあった。
それらの経験を通じてわかったことがある。

人に求められる仕事をすることが僕には向いている、ということだ。

決して自分から仕事を仕掛けるようなことはしない。
他人から「このようなことをしてほしい」と言われて、ようやく仕事をするようになる。
指示に対して、したいこと、したくないことはあるのだが、基本的には「自分にできること」であれば引き受ける。
「できないこと」と判断すれば、お断りする。

仕事をするうえで考えていることは、「次の展開」だ。
依頼主が、僕に仕事を頼んで何をしたいのか、僕が出した成果をどのように使うのか、を考える。
自分の考えで結果を出そうとしても、そもそも自分の考えがない。
相手の立場、相手の次の行動を意識し、「お客様のお客様」が誰で、何をさせたいのかを考え、自分の仕事を行う。

この逆のアプローチは、自分から仕事を仕掛けて、相手を動かし仕事を大きくすることだ。
このやり方ができれば、むしろ大きな仕事を手掛けられるだろうと思う。
しかし、僕には向いていない。

したいことはある。
でも、それを人のために役立てようとか、仕事にして金を稼ごうなどという考えと結びつかない。
自分の希望は、自分の中に閉じてしまっている。
人に理解してもらおうとする情熱が続かない。

ニーズがあって、それが僕のスキルとマッチして、ニーズに応え、問題を解決する。
それが、僕にできる「仕事」のタイプだ。

ニーズとスキルのマッチには時間がかかる。
今の仕事に出会うまで遠回りとなったのは、結果的に仕方のないことだったのだ。

今は、スキルに合ったニーズに応えられている。
今後、ニーズが変わることがあるはずで、それに合わせて自分のスキルも変革していく必要がある。
周囲とのつながりを維持し、ニーズを理解し、進んで手を上げることを続ける。
あるいは、スキルセットをしっかり整理し、相手にわかりやすい形にしておく。

でも、こちらの希望から仕事が生まれるようなことを、僕は選ばない方がいい。
そのような気を起こせば、きっと事は潰える。
これまで、何回か経験したことだ。

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薬を飲まなくなって5年
現在、うつの薬を飲まない期間が5年以上続いている。

実績は作った。
一方で、この状況がいつ終わるかわからない。

環境の変化、自己の油断、体調の悪化。
何が起こるかわからない。

起こることは避けられない。
予知できないことに備え、基本的なことを日々続けていく。
小さなことをおろそかにせず、決めた手続きを1つ1つ実行し、得られた結果を評価する。
その繰り返し。

治ったとは、決して思わない。
症状がぶり返さないよう、うつから距離を保っている、という感覚だ。
心の中に常にいるし、前に出てくる機会を狙っている。
厳しく牽制し、手を緩めていない状態にすぎない。

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呼吸、睡眠、食事、読書、散歩
生活をよりよくするために必要なものをあげてみる。

最も重要なのは、呼吸だ。

生きている限り、僕から呼吸が奪われることはない。
呼吸をするのに、時間や場所による制限はない。
健康状態の良しあしにも左右されず、道具を使う必要もない。
思い立ったらすぐに始められる、正確に言えば意識を向けられるのが、呼吸だ。
まずは姿勢を正し、息をできるだけ吐ききり、肺へと自動的に入ってくる空気を感じ、腹式呼吸による体のリズムに集中する。

次に、睡眠をあげる。

僕の体には限界がある。
休ませないと体は正常には機能しないので、睡眠の優先順位は高い。
可能な限り睡眠のリズムを一定に保ち、目が覚めたら「よく寝た」と自分に言い聞かせる。
もちろん、日によって眠れない状況はある。
気が高ぶって眠れないこともあれば、やることが多すぎて睡眠時間を削る必要があるときもある。
それでも、眠れない時でも全く眠れないことはないし、睡眠時間が確保できなくなる前にできることはたくさんある。
「眠れない」ことを悩んでいた時があったが、その時ですら少しは眠れていた。
自分を苦しめていたのは、眠れている事実に気づかず、睡眠の質と量にとらわれていた自分自身だった。

3つめに必要なものは、食事だ。

欲のために食べるのではなく、必要のために食べる。
具体的には、頭と体を正常に機能させるために食事をとっていることを意識しながら、食べる。
安くて、栄養のバランスが取れるものを、静かにゆっくりよく噛んで食べれば、充足感を得られる。
機械的に食べるのではなく、「食べる」という行為そのものを主体的に楽しみ、食後に「おいしかった」というように心がけている。

4つめが、読書。

継続的なインプットが、考えを1か所にとどまらせない。
人と話したり、新しいことを始めたりしてもインプットは確保できる。
ビデオや音楽でも、インプットを得られる。
それでも読書の方が効能があると思うのは、他人を必要とせず、自分のペースで文章を追うことができるからだ。
自分の力が確かに機能している、ということを認識することが、読書の大きな意義の1つである。

もう1つ、散歩を忘れていた。

僕にとって、最も気軽に体を動かすメソッドが、散歩だ。
歩くことで、読書で頭に詰め込んだインプットが揺さぶられ、整理されていくような感覚になる。
また、歩くことに集中することで、不必要な懸念が消えていく。
しかし、それがいつもうまく働くとは限らない。
歩いている最中、気にしていることばかり考えることもある。
そんな時は、歩き終わった後、「自分は散歩することができたのだ」という事実を1つ積み重ねたことを確認する。
自分の意志で行動できることを再認識し、気にしていることに立ち向かう勇気を作る。

優先順位を高い方から並べると、呼吸、睡眠、食事、読書、散歩となる。
この5つをおろそかにしないことで、自分を再確認し、調子を整えることができる。
これらが常にベストな状態をもたらしてくれるわけではないが、少なくともこれらを行う前よりは落ち着きを取り戻すことができる。

僕の問題を主体的に解決するのは、僕である。
その僕の調子をよりよい状態にしておくことで、問題の解決は近づいてくる。
問題が解決することで自由になる資源を確保できれば、それを読書や旅行に使うことができる。

たゆまぬ行動の積み重ねが、僕を守ってくれる。
誰も確実にほめてはくれないのだから、小さな達成のたびに自分で自分をほめる。
決して忘れてはならないことだ。

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話すことの苦しさ、走ることの苦しさ
僕にとって、会話の苦しさは長距離走の苦しさに似ている。

同級生、友人、同僚、仕事上の知り合い。
会議が始まる前や、エレベータや電車の中、懇親会などの場で、声をかけられることがある。
しかし、話が続かない。

頭の中では、次の話題を必死に探している。
でも、出てこない。
何とかしてこちらから話を振っても、内容に興味がないのだろう、その話が持続することはない。
また、せっかく声をかけられても、返す言葉が何も思いつかず、つい黙り込んでしまう。

話が続かないと、苦しくなる。
実際、本当に息苦しくなる。
まるで、走るのがつらくて立ち止まるように、僕は黙ってしまう。

この話の続かないことが、長距離走の苦しさを思い出させる。
そのことに、最近気づいた。

長距離走の苦しさは、練習で補うことができる。
毎日走ったり、心肺を鍛えるトレーニングをしたりすれば、苦しさは軽減するだろう。

この類似にならえば、話すことの苦しさも、練習で克服できるかもしれない。
そうすれば、より長く走れるように、より長く会話を続けることができるかもしれない。

そもそも、話すことをしたいとは思わない。
たぶん、僕は相手に興味を持っていないのだろう。
しかし、話をしなければ、時間が有り余ってしまう。
時間をやり過ごす必要があるからよりよく生きようとするのと同じように、時間をやり過ごすためによりよい会話で時間を埋めていきたい。

それにしても、「話を続けるための練習」とはどういうものだろう。
会話が得意な人たちのアドバイスを聞いても、僕の中には入ってこない。

まあ、「長距離走」のたとえに行き着いたのだから、1歩前進だ。
そこを突破口にして、自分なりのイメージを模索していこう。

そのためには、まずは材料集め。
本を読むことと、会話の実践をしていこう。

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ようやく余り
久しぶりの休暇だ。

勤務時間外に対応する必要がある案件があり、プライベートを費やしていた。
先週、ある程度の評価と納得をいただき、この案件は終息した。

勤務がないわけではない。
今の3連休と、週末の3連休(平日を1日休む)で、今週の出勤は3日だ。
そして、勤務時間外は業務をしない。
タスクはいくつかあるけれど後回しにして、自分の仕事と読書に没頭する。
考えたいことを文章にして、積み上がっている本の山を取り崩していく。

そうしないと、いつまで経っても自分の時間を確保できない。
何のために働いているのか、見失わないようにしたい。

金の余裕もある。
必要なものは一通り購入し、その上でいくらかの余剰が生じた。
少なくともこの1年は、予算を気にせずにほしい本を次々に買い、読み進めることができる。

このような事態は、およそ10年ぶりだ。

この10年、必要なものを優先して購入していたら、金はほとんど余らなかった。
いや、必要なものを買えないこともあり、ボロボロのスニーカーを何年も履き続けることもあった。
みじめななりだったが、どこからも金が入ってこなかったのだがから、「縮退運転」するより他なかった。

機会が巡ってきて、それに応えた。
生活も切り詰めた。
運もよかったから、結果を得られた。
偶然の結果手にした果実を、大切に活用したい。

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6周しました
毎日、ブログを更新しよう。
そう思い立ったのが、2009年10月7日。

それ以降、3年間ほぼ毎日、プログの更新を続けてきた。
その次の年は、週3回の更新。
直近の2年は、更新はほぼ途絶えている。

今の生活は、自分の時間がとても限られている。
それでも、何とか時間を作って、本当に大切にしたいことを思い出すようにしている。

本を読むこと、音楽を聴くこと、映像を見ること。
その取り組みから得られる反応をとらえて、自分のことを深く理解すること。
そして、理解したことを表現すること。

その繰り返しだ。

仕事については、今もまだ楽しさを感じない。
おそらく、このまま楽しさを理解しないうちに、仕事から離れることになるのだろう。
過度の期待はしない方がよさそうだ。

手ごたえを感じることはほとんどないが、それでも本を読むことを続けよう。
何もできなかった頃のことを考えると、今はずいぶんと楽になった。

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プロフィール

ふうなぎ

Author:ふうなぎ
[admin]
2012年に再就職。
社会になじむ方法を模索しつつ、毎日を大切に過ごしています。

カネ無し、コネ無し、腕力無し。
一方で、慎重さと困難に立ち向かう根気強さを身につけていると考えます。
自分の強みである探求心と分析力を、今後も伸ばしていきたい。

性格は、よく言えば周囲と調和しようとしているし、悪く言えば周囲に流されやすい。
飽きっぽく、億劫がり、嘘をつくことが不得意。
特技は、パズルを解くこと、ただし、人と対戦するゲームは除く。
気晴らしは、エッセイを読むことと、音楽を聞くこと(ジャンルは、J-POP、ジャズピアノ、クラシック)。
街歩きと旅行が好きです。

2014年の目標は、2013年の目標に加えて、「メモを取る」。

おことわり: 私の判断により、予告なしにコメントやトラックバックを削除する場合がございます。また、いただいたコメントに対する返答が遅れる、もしくは返答を差し控える場合がございます。あらかじめご了承くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。(2012-01-10)

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